80歳 現役編集者の “徒然なる我儘に”

じゃこめてい出版の最年長編集者が手掛けた書籍の紹介と思い出の日々を綴る。人生の編集日記。

「死」とポエム

★「必死」の花々―遺されたことぱ99  野沢一馬/編著

 

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 「2045年には、平均 寿命が100歳に到達すると予測されている」そうです。寿命が

延びれは延びるほど死とどうむきあうべきか、考える時間もたっぷりある分なかなか

難しい。

 105歳で亡くなられたあの日野原重明先生も死を前に「怖いね、聞くと嫌になるね。

はっきり言われると恐ろしい。」といわれたそうです。そしてそのことを、おろおろ

する自分との新しい出会いととらえられたとのこと。さすが、です。

 

 本書は死をどう考えるか、古今東西99人の著名人が死について遺した言葉を集めた

もので、タイトルの「必死」の花々について詩人の清水哲男氏は “まえがき” でこう述べ

られています。氏は詩の芥川賞ともいわれるH氏賞を受賞された知る人ぞ知る現代詩の

第一人者です。

 

「この本に収録されている言葉たちは、多くの開花の様相を帯びていると読む事がで

きると思う。読者の死生観と重なることこともあるだろうし、かけはなれている言葉

もあるだろう。あるいはまた、思いがけない死生観に蒙をひらかれる思いのする考え

も含まれているはずである。だが、いずれにしてもこれらの言葉たちは、それぞれに

発した人たちの花として耀いていることだけは間違いところだ。そして、これらの花々

は発した当人にとってよりも、他人である私たちに向かって、美しくそして切なく訴

えかけてくるのである。

 それも生きているからこそ、私たちはそのことが理解できるのだという平凡なこと

を、あらためて思い出していただきたい。その思いの上に立って、何度でも先に逝っ

た人たちのいわば「必死の花々」をみつめていただきたいと願っておく。」

 

 この “まえがき” をお願いした詩人清水哲男氏に初めてお会いしたのは、およそ40年前。

編集プロダクションの編集者として携わった小学館のミニレディー百科「あなたも詩

人」という詩の入門書を作るときです。

 このシリーズは全60巻におよぶ1970年代中盤から1990年代にかけて出ていた少女向

けの入門百科でトータル実売部数何百万部という人気シリーズでしたが、その12巻目

が「あなたも詩人」。子ども向けであってもレベルを落とさない本格的な詩の入門書

として刊行当時注目され、その年最も気になった本の一つとして朝日新聞の書評欄に

紹介されました。

 

 打ち合わせはいつもJR中野駅近くにあるその名も「ポエム」という喫茶店で、氏は

必ずビールを注文され、他の飲み物も食べ物も一切口にされず、延延とビールのみ飲

み続けられ、数時間。でも酔われることはまずありません。家がお近くだったのでホ

ロ酔い気分のまま歩いて帰られる痩身の姿がいかにも「詩人」という感じでした。

 このお店、私たち以外に客がいた記憶がないのであまりはやっているお店ではなかっ

たようですが、良き昭和の雰囲気がとても居心地がよかったことを懐かしく思い出し

ます。

 

 このまえがきをお願いしたときも相変わらずビールでした。場所は吉祥寺でしたが。

お父様が亡くなられていたので、一文にそのことが触れられていて、あれから長い時

間が流れたのだなあと、感慨深い思いをしました。

 清水氏は昔河出書房におられ、編集者としても大先輩で、「よい編集者の条件の一

つは陽気であること」といわれたことがあります。そのこと肝に銘じたつもりですが、

なかなか気質は変えられず、歳だけは熟したのですが、まだまだ編集者としては未熟

なママです。

 

 まえがきの最後にはこんな詩の一節が紹介されています。

   昭和10年12月10日に

   ぼくは不完全な死体として生まれ

   何十年かかって完全な死体となるのである。 

                   寺山修司 遺稿「懐かしのわが家」

そして、本書最後の99番目に遺された「必死の花」も47歳という若さで無くなった寺

山修司の言葉です。

 

「死がはじまるのではない。生が終われば死もまた終わってしまうのだ」

 

 99人の偉人が遺したことばのひとつひとつがかたり語りかけてくるもの

それは「今を生きる」ということへの深い問いかけ、意味です。

 

 

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 「必死」の花々―遺されたことぱ99  野沢一馬/編著

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「ケンさん」と「ケンちゃん」

 「この人生においては、よいものはけして失われるものではないのです」

 

草木原語の彩時記—凜と咲く  熊井明子/著

 

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 「この人生においては、よいものはけして失われるものではないのです」

この一節は、「凜と咲く」に「相思相愛の花」として紹介されているポリアンサスの

花のお話しの中に紹介されています。この花はかぐわしい香りで春を告げる鉢植えの

花として人気があり、花の季節は12月〜3月なので、今からこの花の季節となります。

 

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 さりげないことばなのに、なぜかホッとし、そして勇気づけられます。当たり前の

ことばのようでいて、いわれると背を押される気がしはっとするのは「よいものは失

われない」ということばのせいでしょうか。

 「よいもの」とは何でしよう。それが「失われず、ここにあるもの」ということで

あれば、だれにもいっぱいある。わたしにもある。きっと。

生きている限りいっぱいある。

 それが美しいものであったり、楽しいものでもあり、正しいこと、こころよいもの、

うれしいこと…かなしいけど心打たれること、などなど身の回りにきっといくらでもあ

るはずです。そう思えるからほっとするのかもしれません。

 

『シェルシーカーズ』(原作/ロザムンド・ピルチャー 朔北社刊)という小説の主人公

が昔恋人からもらった手紙の一文に出てくるそうです。悲恋に終わった恋の思い出を

胸に秘めた主人公が、自分たちに代わって知り合いの若い男女が相思相愛になるよう

早咲きのポリアンサスをその女性の部屋にそっと飾ってあげると、本当に願いが叶い、

二人の恋が成就するという話に登場します。

 ネットでしらべると、この小説(原題は「The Shell Seekers」)映画にもなっている

ようですね。見た方の感想がききたいものですが。

 

★「ケンさん」と「ケンちゃん」 

 本書の著者である熊井明子先生のお宅に伺うと瀟洒な応接室に素敵な花とともにあ

のベルリン映画祭やヴェネツィア映画祭の銀熊像や銀獅子像ががさりげなく置かれて

いたり、ジャン・コクトーシャガールのポスターや絵が飾られていました。

 明子先生はポプリ作家としても有名なエッセイストですが、世界的な映画監督熊井

啓夫人としても知られています。「凜と咲く」の打ち合わせでうかがった時、明子先

生がまだ外出先から戻っておられずお留守で、監督御本人が、お待たせしてすみませ

んねえ、これでも読みながらお待ちくださいと出されたのが、「週刊文春」でした。

私がいうのはおこがましのですがその気遣いがほほえましく、いい御夫婦だなあと心

から思いました。忘れられない思い出の一つです。

 

 監督が亡くなられた時はご自宅に伺いご焼香させていただいたのですが、私が座っ

たとたん、「ケンちゃんもそこで手を合わせていったのよ」といわれました。「けん

ちゃん」とは渡辺謙さんのことで高倉健さんは「健さん」、監督はそんなふうに呼び

分けられていたそうです。あの大きな体軀を小さくすぼめて手を合わす「謙ちゃん」

の姿がまざまざと浮かびました。「俊寛」の映画の企画があったそうで、渡辺謙さん

の「俊寛」観てみたかったなあ、ととても残念に思ったことを思い出します。 

 本ができるまで何度ご自宅にうかがったことか。時を忘れおしゃべりに夢中になっ

て気がついたら外は真っ暗に、ということもありました。

 ことばのはしばし、家のしつらいにお二人の凜とした生き方がうかがわれ、いつも

教えられることばかりでした。

 

 赤のバックに花模様をあしらった美しい千代紙のような艶やかな表紙はながめてい

るだけで幸な気分になれます。店頭に飾りたいからと書店の方から沢山注文を受けた

こともありました。

 こんな読者の声もよせられていています。

 

「読んでいるうちに何故か涙が……。それからすーっと気持ちが楽になった」(46歳教

師)「読み終わったら誰かにプレゼントしたくなりました。」(21歳学生)「本を開くだ

けでもとても癒されました」(35歳ピアニスト)

 

 

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草木原語の彩時記—凜と咲く  熊井明子/著 定価(本体1500円+税)

全国書店、またはネットで発売中です。

 

 

 

 

ウチのちりつもばあちゃん その1

「ええがね、ええがね、こーでええがね」

 

 本が出てからわかったことですが、「99歳ちりつもばあちゃんの幸せになるふりけ」のおばあちゃんと、わが家のおばあちゃんは誕生日が同じで、しかも亡くなった歳も同じ99歳。ビックリはこれだけではなく、同じように姉弟の孫二人を預けられ、育てあげてくれたことまでまったく同じ。

 

 こんなふしぎなめぐりあわせ、よほど御縁があったとしかいえませんが、うちのおばあちゃん、「ちりつもおばあちゃん」とはエライ違いだと、育てられた40過ぎた二人の孫娘と息子が口をそろえていいます。ヨメであり後期高齢者である私も、まったく同感で、心に残る教えなどはきいたこともないと思っていました。

耳に残っているのは本人は標準語で話しているつもりの出雲弁――と……当のおばあちゃんは生きていたらきっと「おまえさんら なにいっとらっしゃる、おんなじだわね」ということでしょうが。 

 

 ウチのちりつもさんは出雲の出身で結婚するまでは出雲で暮らしていたので、自分では標準語でしゃべっているつもりでも、聞く人の耳に届くとほぼ出雲弁。「ひとつ」は「ふとつ」で、一つなのか二つなのわからない。「すこしちょうだいは」「ちょんぼしごしなはい」となり、ほぼわからない。

 

 ウチのおばあちゃんこと「ハーさん」(五人姉妹の中ではこう呼ばれていたそうです)は、戦前は満州で暮らし、戦争末期に日本に帰国、故郷出雲に戻って慣れないお百姓仕事をすることになり、生まれて初めて野菜だけでなくお米まで作ったそうです。

東京で暮らすようになっても「どげなところでもかぼちやでもなんでもつくれるけん」がご自慢。連れ合いが病弱のため野良仕事はすべて姑が肩代わりし、その上子どもの面倒もみるわけでその大変さは想像を絶するものがあります。戦後戻った故郷でおくらざるを得なかったワイルド生活。そこで培われた剛胆さで、都会生活で出会ったゴキブリも手づかみで仕留め、ねずみもヘビ(まむしだったも!!!と後で言ってましたが)も見事、×○▲★×◆!?したのでした(文字するのもコワイ)。

とにもかくにも戦争を挟んで生き抜いた大正生まれの女性は強い! す、すごい!!の一言です。

 

 思い出すのはデビ夫人を異常に尊敬していたこと。テレビに出でくるたびに「このふと(人)はほんにえらい。ふとり(一人)で今の地位をつかまれたわね」と感際まったように言い、テレビ画面の彼女を食い入るように見ていたこと。今もテレビなどで夫人を見かけるとそのときの姑の顔がまざまざと浮かびます。

 相撲は何故か北天祐の大ファンで、負けると身をよじって嘆き悲しみ「あーちゃいやだわ、あーやちゃ(あの人は)どげして負けえかね。バカじゃなかろうかいねえ。だあか(誰か)ちゃんといってあげんもんかね」と怒り、うなり、嘆く。

 お得意の料理は、「昭和の母」の定番、鳥の唐揚げ、煮物、煮魚、カレーライス。

なにかの記念日はちらしずしかお赤飯、又は手作りの皮で作った水餃子。満州で覚えたというこの水餃子の味は絶品、プロ顔負けのおいしさでした!

 針仕事も得意で人の着物も仕立てたし、既成服も自分サイズにどんどん直してしまう。遺された洋服にはサイズあわせのスナップがいっぱいついていました。

何処で覚えたのか廃材の木片を釘で打ちつけ勝手口の簀の子にしてみたり用途不明の台を作ったり。

どんな布きれも木材もとりあえずとっておくので保管場所に困り、こっそり処分すると、そんな物に限って「あれはどげしたかね」といわれ「さあ、どげしましたかね」と一緒に探すふり。冷や汗。

 買ったばかりのウィッグはさくさく自分で切ってしまい、切りすぎてお店にもっていくと「あらあら奥さまご自分で切ってしまわれたのですかあ」と店員さんにあきれられ、でも「ええがね、ええがね なんとかならんかねえ」とあくまで自分サイズにこだわりねばりにねばる。何事も気にしないで我が道を行くふと(人)でもありました。

 

 あれやこれやとりとめもなく思い出しているうちに、ウチのちりつもばあちゃんには孫だけでなく嫁である私もまるごと御世話になってきたこと、そしていろいろな意味で余人を持って代え難い人物だったのかも、と気づかされました。

 こうして思い出すことがなによりの供養、今日もハーさんばあちゃんのすましてほほえむ写真に手をあわせました。 

 家の数だけおばあちゃんの人生が家族の思い出の中にいっぱいつまっているのでしょうね、きっと。それぞれの「ウチのちりつもばあちゃん」のお話しもぜひお聞きしたいものです。

「ちりつもばあちゃん」を読んでいたらたら、こんなメッセージをみつけました。

「十人十色ちゅうけど、言葉もちがえば言い方もちがう。愛情の表現もちがう」すると「そげそげ」(出雲弁で「そうそう」)と言うハーさんの声がしてきました。

 

 

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全国書店、またはネットで発売中です。

 

『99歳ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』

 たなか とも  著 定価(本体1000円+税)

 

 

「正しいことばより、やさしいことば」

「あんな、年寄りはな やさしい言葉かけてほしいねん。正しい言葉はいらんねん。」

 (『99歳 ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』より)

 

 いつのころからか、新聞の文字は読みにくくなり、いろいろなフタがあけにくくなり、靴下がはきにくくなり、歩幅が狭くなってぽたぽた歩き、何ごとにも時間がかかる。

早起きするようになった分、昼はうとうとが常態となり、楽しみにしていたミステリー番組も、途中経過は夢の中、

いつのまにか犯人がつかまっている! なんでそーなるの?! 

そんな老いを実感する日々。

 

年を取ったせいか性分なのか、

アレも忘れ、コレも忘れ、あのミス このミス日 が暮れて♪

今来たこの道さえわからなくなるのではと不安が募る毎日です。 

 

 そんなある日、5歳になったばかりの孫から電話で「ちゃま誕生日おめでとう」(姑息にもおばあちゃんでなく「ちゃま」と呼ばせています)と言われ、わたしもとうとう後期高齢者の仲間入りをしたことを実感しました。

少し前「後期高齢者医療保険者証」という画数の多い漢字がならんだ長ったらしい名称の保険証を受け取っていたので、今更おどろくこともないのですが、私もそういう歳になったかと、万感の思いを噛みしめた日でもありました。

 

 ミスやもの忘れをたしなめられる日々、フト浮かんできたのがちりつもばあちゃんのこんなことば。 

 

「年寄りはな やさしい言葉かけてほしいねん。正しい言葉はいらんねん。」

 

その通り! ホントに身に沁みます。

 

 

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『99歳 ちりつもばあちゃんの幸せになるふりかけ』たなか とも 著

定価(本体1000円+税)

全国書店、ネットにて発売中。