リハビリは難行苦行?パートⅠ
散歩中ころんで鼻血を大量に出したのは、3ヶ月前のことです。
その後歩行がスムーズにいかないなど、体調が急激に悪くなり医者に行ったところ、MRI 検査を受けることとなり(この検査、真っ暗な洞窟に入られたようで怖くて15分間目を瞑ったままでした)その結果、なんとパーキンソン病症候群と判明、ショックでした。
この病気は今、医薬品の開発が進んでいて(薬によっては劇的に症状が改善することもあるとのこと)難病ではなくなりつつあるそうですが、筋肉の急速な衰えとともに、対応を誤ると寝たきり状態となり、やがて食欲もなくなり餓死にいたることもある、と医者にいわれた時には、その「餓死」ということばのインパクトにたじろぎ、一瞬、血の気が失せました。
そういえば歳の所為と思っていたのですが、このところ服の着脱、歩く、座る、靴を履く、トイレ、入浴、寝ることなど、普段の生活でなにげなくやってきたことが、すべてに時間がかかりだんだん難しくなっていました。もっと早く気がつけばよかった。甘かった! 遅かった。後悔先にたたず、でした。
治療法として、医師からは投薬以外にとても重要なのは体をとにかく動かすこと、といわれ、その日から日常生活そのものが、リハビリの実践の場となりました。
昼寝もご法度、水は1日1500ミリリットル飲むことを課せられたのです。(私にとってこれこそ今でも難行苦行です。怒られるのでここだけの話ですが。)
リハビリは難行苦行といふ吾に「頑張りましょう」と事もなげなる
上記の歌は、治療を受けているクリニックに併設されている施設で、はじめてリハビリを受けたときのことを詠んだ歌です。
その時の担当療法士から、「靴を脱いでベッドに上がってください」といわれ、「ひとりでは脱げません」と歩くのもやっとだった私がいうと、「だいじょうぶできますよ、がんばって」とこともなげに涼しい顔で療法士さんに言われ(といっても顔はマスクに覆われていてホントのところ表情はよくわからない)、しかも手を貸そうともしてくれません。
「えーっ、そんな冷たい!」と思いながら靴と悪戦苦闘するうちに、なんと! それまで、あんなに自力では脱げなかった靴が、すーっと脱げたのです!!
子供みたいですが、このときの「 ヤッター感」は忘れられません。
そして、とりあえずなんでもあきらめず、自分でやってみることが、一番の治療になるということを八十歳のこの歳になって肝に銘じさせられました。