77歳 現役編集者の “徒然なる我儘に”

じゃこめてい出版の最年長編集者が手掛けた書籍の紹介と思い出の日々を綴る。人生の編集日記。

鬼も内、福も内

 「鬼は〜そと、福は〜うち、」

のかけ声とともに豆で追われる節分のオニたち。

今年の節分は2月3日ですね。 

ところで全国で豆に追われたたくさんの鬼たちはいったいどこへ行くのでしょう? 

鬼難民の受け入れ先ははたしてあるのか?

 

「地獄? おうち?

 いやいやもしかしたら

 群馬に向かっているかもしれないよ 

 だってここなら オニは内、福も内

 なんだから」

 

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 ええっ! なんで群馬なの?  

そうなんです。「都道府県別にっぽんオニ図鑑」(山崎敬子/著)によれば群馬県藤岡市鬼石で2月に開催される「鬼恋節分祭」(おにこいせつぶんさい)では節分で追い出された全国の鬼たちを迎え入れようと「オニも内 福も内」といって豆をまくそうです。

おとなりの栃木県の「鬼怒川温泉鬼祭り」では、オニがお客さんを迎えてくれるとのこと。かけ声もやはり「福は内、オニも内」だそうです。

 

 だいたい日本人にとってオニとは、ただ恐ろしいというより、子どもの頃から鬼ごっこをしたり、鬼瓦だったり、鬼の面を被って豆まきをしたりもっと身近でホットな存在でした。

ホットといえば今まさに話題沸騰中!のオニがいっぱいでてくる漫画「鬼滅の刃」。

私は残念ながらまだ読んでいないのですが、登場する鬼たちにはそれぞれ鬼になった理由があってそれが物語となり、読者に深い感動を呼び、つぎからつぎへと読み進む原動力となっているとのこと。

 

 「日本には節分のオニも、春くるオニも、オニのような何かも、日本全国にはいろいろなオニがいます。」

 

 といわれる山崎敬子先生の、民俗学の世界にはいるきっかけとなったのは、愛知県に700年前から伝えられている春のお祭りで出会った「榊鬼」(さかきおに)という來訪神だそうです。

 「日本の春に訪れる神さまはオニの姿をしているのだ」

とおどろき、その後春くるオニを探して日本全国旅をされたとのこと。

 

 そんな鬼たちを都道府県別に紹介したのが本書「にっぽんオニ図鑑」です。

あなたのお住まいの県のオニはどんなオニでしょう。

 

知りたい方は是非本書を開いてみて下さい。きつと思いがけないオニたちと出会えるにちがいありません。 

 

 

 

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都道府県別 にっぽんオニ図鑑」

 

都道府県別 にっぽんオニ図鑑

都道府県別 にっぽんオニ図鑑

  • 作者:山崎敬子
  • 出版社/メーカー: じゃこめてい出版
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: 単行本
 

 

   文 山崎敬子    絵 スズキテツコ

本体価格 1300円 

 

全国書店、ネット書店でお求めいただけます。

 

 

 

新年星空散歩

 

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 新しい年を迎えたと思う間もなく、大寒もすぎ、やがて立春と暦は容赦なくめくられていきます。一年で最も美しく見えるといわれる星空を仰ぎ見ることもないまま。そんなとき、弊社刊「星めぐり歳時記」がお役立ちです。

 ページを繰るごとに息を呑む星のカラー映像と古今の天文詩歌を通し冬空に時空を超えて輝く星達と出会えます。 

 本書の著者であり天文学者の海部宣男氏は残念ながら去年4月急逝されましたが、本の中でこう述べられています。

 

 「宇宙から、はるかな光が届く。

静かに澄んだ新年の夜空では、星の光もいつもと違う、おごそかな輝きに感じられる。万物を育む太陽の圧倒的な光はもちろんのこと、夜空をそれぞれにめぐる月や惑星、星々の不思議な輝きから、人は祈りと、数え切れない物語とを紡いできた。そして現代の大望遠鏡がとらえる美しい星雲の姿や、何億光年もの彼方からやってくる銀河の光は、宇宙と人類の根源を私たちに物語ってくれる。」

               

 

  オリオンの盾新しき年に入る    橋本多佳子

 

 「星めぐり歳時記」の1月の「光のことば」の冒頭を飾る俳句です。

 

 「新年の夜空を飾るそんな光の主役は、なんといっても雄大なオリオン座だ。星座の真ん中にきれいに並んだ三つ星が何よりの目印で、誰でも見上げれば直ぐそれとわかる」

 

 と紹介されています。

 オリオンは、ギリシャローマ神話に出てくる半神の巨人。

 その勇姿を星でつなぎ描き出したのが、世界共通星座の一つとしても有名なオリオン座です。ベテルギウスとリゲル、二つの一等星が輝くその星座でオリオンは牡牛座に向かって「盾」を翳しています。

 

 「突きかかるおうし座に神話の巨人が向けた盾は、新年の心をききりと引き締めてくれる」

 

 星と宇宙と詩歌をこよなく愛する著者ならではの思いのこめられた一言一句。ゆっくりかみしめながら冬の星空を心ゆくまで散策してください。

 

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「宇宙吟遊 光とことば 星めぐり歳時記」 海部宣男

 

 全国書店またはネット書店にて、お求めいただけます。

 

 

宇宙吟遊 光とことば  星めぐり歳時記  

宇宙吟遊 光とことば  星めぐり歳時記  

  • 作者:海部 宣男
  • 出版社/メーカー: じゃこめてい出版
  • 発売日: 2009/07
  • メディア: 単行本
 

 

海部宣男氏を悼む


 
  冬木立科学者として生きにけり   海部宣男


と、詠まれたのは、すい臓癌でこの4月13日亡くなられた国際的天文学者海部宣男氏享年75歳です。
 冒頭の俳句は2019年の作なので今年の1、2月ごろ作られた句だと思います。
「科学者として生きにけり」といいきられた、畳みかけるような口吻に胸をうたれました。
 冬木立もやがて芽をふき新緑となる。自分の死を見据えつつ冬木立を見つめ続ける科学者のやさしくも厳しいまなざし。 こういう言葉をもたれ旅立たれたのだなと思うとこみ上げるものがあります。
 
 じゃこめてい出版では「星めぐり歳時記」の著者として大変御世話になり、これからも引き続き御世話になりたいと、「星」と同様なスタンスで「月の歳時記」もお願いしたいとずーっと企画をあたためていたところだったのでとにかく残念でありショックでした。 
 たたき台のプロットも見ていだいていたのでもっとスムーズにこちらが動いていたら…、とそれができなかった諸事情と、自分の力不足が残念というより悔しくてなりません。 
 
 亡くなられる直前おくられてきた著者サイン本「77册から読む 科学と不確実な社会」(岩和波書店)を、丁度読み始めたところでした。最近まで書評を担当されていた毎日新聞のご自身の書評欄をまとめた本の第2弾です。
 この本の編集者が「星めぐり歳時記」の本について「宝箱のような本」と褒めてくださった手紙を見せていただいたことがありました。
 
「星めぐり歳時記」については、面白い本を紹介する書評サイト「HONZ」の創設者である成毛眞氏がその面白さについて下記にように紹介しています。
 
 「それにしても不思議きわまりない本である。宇宙についても詩歌についても、個別にみるとページ数が少ないため、内容が薄い印象になる。しかし、1冊の本として見るとじつに魅力的なのだ。著者の2つの世界への思い入れがひしひしと伝わってくるからだ。」

 一般読者のかたからも病院のベッドで御主人がいつも手許におかれていたので、亡くなられたときにお柩に一緒におさめた、と聞いたこともあります。
 
 編集者である私自身にとってもとても思い入れ深い本で、手に取って見るたびに編集していたころのことをあれこれ思い出します。

 興味のある方は2018年1月30日のそのことにふれているブログを御覧ください。
 
 葬儀一切については家族のみで営んだとあったので、遠くからご冥福を祈るばかりでしたが、海部夫人が私の高校時代からの友人だったこともあり、他の友だちも誘って先週ご自宅に伺い手を合わせてきました。
 
 窓を通して新緑の木々の間できらめく5月の光が降り注ぎ、たくさんの家族写真がしずかなときのながれの中でほほえみかわし、お互いにほっと身をゆだねあっている、そんな感じがするお家でした。
 
 三年前初めてすい臓に癌がみつかり療養生活がスタートしたことを私が知ったのは、やはり目にまぶしい新緑の頃でした。その後難しい手術も成功、講演や執筆活動も再開され、日本だけでなく世界中を回られていることをきき及び、そのタフさには驚嘆するばかりで、完全復帰も夢ではないと思っていましたが…。
 毎年恒例となっていた海部家の花見は、今年もでかけられ楽しまれたそうです。

 一昨年の夏弊社でお願いした講演会では七夕まつりをテーマにした楽しいお話しをしていただきました。まだまだお元気で講演後の飲み会にも嫌な顔ひとつせずつきあっていただきました。
 いつもと変わらぬ様子にホッとし、次回は何をテーマにお話しして貰おうかとたのしく思いをめぐらせたのですが…。
 
 万一のことについては御本人が納得されるまで語り合い、海に散骨することになっているとのこと。ただし散骨は「二人そろったとき」にするということなのでその時まではご自宅にたいせつに置かれているとのこと。
 こんな弔い方もあるということを知り、私も自分たちのこととして考えたいと思いました。
 
 自宅で行われた親族だけのお別れ会の写真では、普段着姿の海部一家がなごやかににぎやかに会食されている様子がとても楽しそうで、ここに一人欠けている「宣男さん」はきっとご自分がいないことを一番くやしがっておられるにちがい、と思いました。
 
 ところで、今、心ゆくまで宇宙吟遊を楽しんでおられる海部さんから見た地球はどんな風にみえるのでしょうか。是非おききしたいものです。 

 


心よりご冥福をお祈り申し上げます。

「ボーッと生きてんじゃねーよ!」  チコちゃんに叱られる?

 

 

 数年前、国策としてテレビがデジタル化されてテレビを買い換えざるを得なくなっ

たとき、テレビを運んできた業者からリモコンの使い方を説明されたのですが、その

説明が早すぎてよくわからず聞き返すと

「色々動かしていればそのうちにわかるようになりますよ」

とこともなげにいわれ、「次があるので」とさっさと帰られてしまいました。

 取説もあることだし読めばいいのかも知れませんが、ナント不親切な!

「色々動かしているうち収集がつかなくなって見られなくなったらどうすればいいの

だ?」と怒りとないまぜになった不安と疑問が黒雲のようわいてきました。

 これからは、というより後期高齢者はそんな思ってもみない突き放され方にも対応

していかなければならないのかと、心細くなり、マジにぼーぜんとした気持ちになり

ました。

 

 その後娘達にいろいろ聞きながらなんとかそれでも見ていますが、今度は突然テレ

ビの映像が消えてしまい、画面の右半分にカラーの縦線が立ち並び、リモコンを操作

してもどうしても消えなというハプニングが勃発。メーカーに電話したとしてもおそ

らく廃棄処分で、新製品をすすめられるのが落ち、といわれそのままに。

この線はしばらく放っておくけば治ることがわかったので、あとはひやひやしながら寿命のつきるのをまつしかないという状態で今にいたっています。

 まだ買って五年ぐらいしかたつていないというのに製造責任はどうなっている! と

わきあがるこの怒り、やくしさ。 

 この手の家電トラブルを思いおこすときりがありません。

 十年以上使っているエアコン、掃除機、洗濯機など少々トラブルがあっても部品交

換してもらえば使えると思っていたら、「申し訳ございません。このタイプの商品の

部品はもう製造中止になっております」といわれ、新しい製品と交換するようようす

すめられます。というより、まだそんなものを使っているんですかといわんばかり。

そして一刻も早く新しい製品に買い換えることしか選択肢がないと思い知らされる。

 

 冷蔵庫の仕切りのブラスティック棚が割れてしまい、メーカーに聞いてみたら「も

う仕切板はなくこの製品は製造しておりません」といわれ、仕切りのないまま使って

います。実に不便でなさけない。

 

 FAXが故障したときはメーカーに電話するととりあえず送ってほしいといわれ送ると、やっぱり修理できないということでそのまま送り返されてきて、有料の粗大ゴミに。

以来我が家はFAXのやりとりはあきらめたのですが、ラッキーなことにいつのまにかFAXでなくともメールなどにスキャンしたデータを添付して送ればすむという時代になっているようです。  

 

 電化製品を長く使うことは悪いことなのか? もったいないは死語か。

 疑問はつきないのですが、老の加速に反比例して体力知力は減速。世の中にいつの

まにかついていけなくなってしまったわたしは、あのチコちゃんに

「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と

 叱られる、のでしょうね、きっと。

 

涙したのはどの「落葉」?

 

 もう何10年も前のことですが、絵を見ていて涙が溢れこまったことがありました。
 菱田春草の回顧展を見に行った時、展示されていたあの有名な「落葉」を眺めていたらふぁーっと涙が出てきたのです。


 静寂の中で音もなく佇む杉木立の絵を見ているうちに名状しがたい感情がわき起こってきて悲しいわけでももちろん口惜しいわけでもなく、涙がほほをつたわって、とまらなくなってしまった……。


 あの時の涙はなんだったのかー、今だに謎です。
 

 音楽をきいていて、テレビドラマや映画をみていて涙がでるということはこんな歳になっても(なったから?)ままあるのですが、絵を見て涙が出るという経験はあの時以来、残念ながら一度もありません。


 何か悲しいことを思い出したわけでもなく、思い出させる風景だったわけでもない。


 絶妙なバランスで静けさのなかで佇む杉木立、音もなく地に降りつもった落葉などが描かれている、それだけなのに、その空間表現に私の感情のどこかが揺さぶられ涙腺が反応したのでしょうか。
 
 この間書棚の整理をしていて別冊太陽の菱田春早を、「落葉」を見つけ、そのことをふと思い出しました。


 そしてじっと目を凝らして見たのですが、残念ながら涙腺はびくともしませんでした。

 

 ところで春早は36歳で夭逝しますが、「落葉」と言う画題の作品が五つもあるそうです。しかもいずれも1909年制作。別冊太陽にはその五つが見比べられるように紹介されていましたが、私の涙した絵はどれなのか。


 当然重要無形文化財に指定されている永青文庫所蔵の「落葉」だと思っていたら、私が観た昭和62年の春早展のカタログにその「落葉」の出品の記録はありません。流した涙の記憶だけは鮮烈に残っているのに、木立の中をさまよっているみたいにその記憶はおぼろで実にこころもとなくなるばかり…でした。。
 

うちのちりつもばあちゃん その3

 引越しでヒョッコリ出て来たハーさんの手作り健康サプリ「弾丸」レシピと手書きの生け花ノート

 
 引越でいろいろなものがひょっこりでてきましたが、うちのちりつもばあちゃんこと姑のハーさんがニンニクでつくった自家製ニンニク健康サプリ「弾丸」の巻紙状になったレシピもそうです。
 仏壇の脇の戸棚から出てきました。料理本から写し取ったのか人にきいたのか、テレビで作り方を聞きながらメモったのかは不明ですが、とても丁寧に手順をおったレシピでその気になればだれにでもすぐに出来そうにかかれていました。
「効能 血圧 心臓 便秘 肌の美化 胃腸 風邪ひかぬ 疲労しない」などとあって、思わず作ってみようかなと心が動いたのですが、ニンニクが粉末状になるまでは5時間から6時間かかるとあり、速攻あきらめました。
 
 ハーさんが子供達が風邪をひくとオブラートに包んだこの健康サプリ「弾丸」をもって「のむだわね」と追いかけまわしていたのを思い出します。
効き目があったかどうかは今以て不明ですが。
 無理矢理飲まされた孫たちは「おばあちゃんがつばをつけてオブラートにつつんでいたのが気になってしかたがなかった」といまだにうらみがましくいっています。
 
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 写真は原稿用紙の裏にかかれたハーさんの手書きの「ニンニク卵黄」のレシピです。
 最後は「弱火でこがさぬように愛情を込めて気長につくってください」と結ばれています。
 ニンニクのにおいにみちたハーさんの「弾丸」作りの日を思い出しながら、心からお疲れさまというしかありません。
 このレシピですが、ネットでも「ニンニク卵黄の作り方」としてほぼ同じものが沢山紹介されていました。自家製サプリの定番なのでしょうか。ということで「ハーさんの弾丸レシピ」はここで紹介するまでもなさそうなので、手書きのレシピの写真だ
け、参考までということでここに載せました。  
 ハーさんのレシピによれば「にんにく卵黄」の材料は以下だけ。
 あとは作り手が「手間暇をかけるしかない」ということがわかりました。
??材料 にんにく ( 400 g)
 水 3合
 玉子の黄身 3ヶ
 鍋 ゆきひら又は土鍋
 これで約半年分の「弾丸」の出来あがり。実費はなんと400円位だそうです!

 

■手書きの生け花ノート


 引越でもうひとつ出てきたのは生け花のノート。習っていた生け花はすべて図解してあり、出来上がりの絵もきちんと画かれていてびっくり。姑がまだ60になるかどうかのころ毎週草月流の先生のところにでかけていき、帰りには大きな花木を抱えて戻り、どんなに遅くなろうともその日のうちに家の床の間に活けなおしていました。

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 今だったらスマホで撮って保存もかんたんにでき、いつでも見られるでしょうがあのころは手描で記録していたのですね。そして絵を習ったわけでもないのに花の形がしっかり描かれていて、それがびっくりでした。
 このノートをテキストとして生け花に挑戦する日がくることを願いつつ、眺めるばかりで花一輪飾るのも億劫な毎日です。
 来客のあるとき、家に花が飾られていないのはお化粧しないまま自分を人目にさらすことと同じくらい恥ずかしいことだといって、花屋さんに走っていったハーさんを思い出すたび、恥じ入るほかありません。

 

引越疲れを癒してくれたゴールドベルク

 猛暑の夏、やむない引っ越しさわぎで、後期高齢者としては寄る年波をいたいほど実感する毎日です。足が重い、腰が痛む、背が曲がる、すべての物が1割増ぐらい重く感じる……暑い、だるい、つらい、眠い、からだ全身がこどものようにダダをこねる……   

 そんな日が続くある夜、まだあけていない段ボールに囲まれたリビングでたまたま手許にあったグレン・グールドのゴールドベルクのCDをかけみると…。

 まるで金のしずくが落ちてくるようなあの冒頭のピアノ、その音のしづくの一つ一つが胸にすーっと落ちてきました。

 忘れてかけていたこの音! 音の連なり、つづれ織りのような美しい音の流れ。疲れきった体が、音の流れのままのまま誘われ、至福の時をたゆたっている。

心身とも潤い充たされ蘇生するような感じ。こんなに快い音空間があったことを忘れていた。音楽に癒されるということがこんなにもリアルに感じられるとは…。 

 疲れがほぐれていく感じ、あ、いいなこんな音空間。時間さえあればずっと浸っていたい。そんなひとときでした。

 疲れをほぐすには、好きな音楽を聴くのが一番効果的だと云うが解ったので、次はシューベルト? それとも森進一!? とうれしく迷うわたしです。